2012年04月02日

中国鉄道の旅B

つづき→

最後の最後に、またまたまた接待…

再度申しますが、中国では宴や接待の場でお酒を断るのは御法度。しかも、東北地方の田舎町では、なおさら。

最後の戦いの場には、また県のお偉いさんやら、行政関係者が御列席。

相手がお偉いさんだろうが何だろうが、その時の私は丸二日間アルコールが浸けの状態ですので、グダグダである。

党の偉いさんか分からないが、人民解放軍みたいな制服をバシッと着たかっぷくの良いオジサンが現れて、さすがにグダクダの私も、その時ばかりは、最大限の笑顔で挨拶し握手したが、この人民解放軍がクセものだった。

お偉いさんが顔を揃える会も、最初こそ穏やかな感じで始まったものの、段々とお約束のボルテージに…

一気飲み大会である。
40度の酒で。

しかも、この会で一番強面で酒の強そうな人民解放軍(実際に軍人かは定かで無い)が私の隣なものだから、日本対中国戦の図式である。

どうにか、この人民解放軍を先に潰さなければ、こちらが潰される…と察知した私は、どんどん彼に酒を進める。
彼は一時間ほどで、ベロベロに。
彼と肩を組んで、『友好!友好!』と杯を進める。

ちなみに、私は途中から彼に知られないように、酒のふりをして、ミネラルウォーターを注いでいた。

しかし、彼に見つかり、結局は白酒に逆戻り。

彼は途中で撃沈。

もう飲めません…とギブアップ宣言。

まぁまぁ 今回は許してやろうじゃないの。
頭脳戦を制した日本の勝利で幕は閉じた。

人民解放軍風の偉いさんは、『また絶対に戻って来いよ!』と言って、肩を組んだり抱きついたり何度も握手したりと、ベロベロに酔いながら見送ってくれた。

そして帰りの列車…

行きとは全然違う車両。
えっ何十年前の車両??

寝台が三段ベッド。
私は一番上。
ちなみにハシゴは無く、下のベッドを利用し、よじ登るスタイル。
横向きに滑るようにベッドイン。
一度仰向けに寝たら、目の前は天井。
ベッドの幅は、病院の待合室の長椅子みたい。
まるで風通しの良い棺桶なのだ。

二日間のアルコール浸けで最後に飲み比べ戦争。
帰りは、ゆったり寝て帰ろうと思えば棺桶。

寝返りも、起き上がることも出来ないスペースで、身動きもせずに14時間…

今迄、14時間くらいの移動は数あれど、あの『ハルピン→大連 棺桶列車』に勝るもの無しである。



posted by ルーシー at 23:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国鉄道の旅A

つづき→

そんな朝食会が無事終了し、何度かリバースの波を乗り越え、出発。

しかし、この時点でハルピンから、どこに向かうかも知らずに車に乗り込み、延々と続く白樺の林と広大な土地を走る。
相変わらず体調は最悪。

何だかよく分からないまま車に乗せられ、到着したのはハルピンから約200kmの小さな田舎町「シュイリン」という所だった。

九州から東京に出てきた武田鉄也氏でさえ『思えば遠くへ来たもんだ』と思ったであろうが、何だかよく分からず状況もつかめないまま、14時間近く列車に揺られ、そこから車で200km移動し、聞いたこともない田舎町に到着した時は『何だかよく分からんが、えらい遠くまで来たもんだ。一体ここはどこだ??』という感じであった…

そのまま親睦会がてらの昼食会へ。

会場には、現地の先生方とビール、白酒(北部中国を代表する酒。40度以上)がズラリ。

先生方はニコニコ、私はゲンナリである。

中国の接待や飲みの席で、お酒を断るのはご法度。

特に私は乗せられると、乗ってしまう癖がある。

乾杯の嵐と、トイレの往復。

昼間っからいいだけ飲んで宴も終わり、ホテルと言われる宿泊所(日本のビジネスホテルを30年くらいほったらかしにした感じ)に荷物を下ろし、一休みしたと思ったら、夜の宴会に出発。

今度は、行政のお偉いさんや、副知事なども御列席とのこと。

日本人が中国の強い酒である白酒を飲むと中国人は喜ぶ。
しかも、東北地方の人はイワユル「ワイルドで男らしい」のが美徳らしく、酒に強い人間がカッコイイようだ。

なので、結局は中国軍団に乗せられて、40度以上の酒の一気飲み大会が続く。

さすがに、さすがにグッタリである。

途中からは、二日酔いも何もあったもんじゃ無い。


次の日は、学校の入学式出席や校舎、寮の見学などを半分頭が回らない状態で、一応の仕事をこなす。

14時間と200kmの大移動で、学校滞在が約二時間程度であった。


帰りの列車出発の時間は夕方。
また200kmの道程をハルピンに向かって車を走らせるのだ。

旅の始まりの夜行列車で飲み、次の日の朝にハルピンに到着した時点で二日酔い。
その足で車移動。
到着して昼間から宴会で酒。
ホテルに荷物置いて、外がまだ明るいうちに夜の宴会スタートで酒。
しかも一気飲み大会。

そして仕事終了!!

で、帰る直前に御接待…

つづく
posted by ルーシー at 22:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国鉄道の旅

BSは、毎日のように何らかの旅番組を放映している。
私にとっては、非常にありがたい。

しかも、海外=アジア関連となると、とりあえずチェックしてしまう。

今も、中国鉄道の旅なるものをやっているのですが、やはり見てしまう。

中国の旅ってのは何かと大変ですが(いろんな意味で)、私の人生の中で一番過酷だったと断言出来るのも中国鉄道の旅である。
いや…旅って言うか、一応出張(?)

話の核心に入るまで、経緯が少し長くなりますが、それも全部引っくるめてなので、私の思い出話にお付き合い下さい。

私は以前、中国東北地方の都市『大連』の外国語学院日本語科なる所で、日本語講師などという、何とも『アヤシイ』仕事をしていました。

ちなみに私は中国語が全く話せません。
私の受け持ったクラスの学生は全く日本語が話せない。
全く会話で意思の疎通が出来ない者同士、今となっては授業が成り立ってたのが不思議ですが、そんな学校勤めをしていたある日、黒龍江省にある外国語学校と、私の勤め先の学校が提携を結ぶことになったらしく、その学校の入学式に駆り出されることになったのです。

うちの学校の理事長は黒龍江省の出身。
その彼が、大都市である大連で学校を作り、しかも日本人を雇えるほどになっている(中国の田舎の人にしてみれば、日本人を雇って従えているというだけで、ステイタスらしい)。

理事長にしてみれば、デカイ顔で大腕振っての凱旋である。

中国人は、見栄・プライド・メンツで出来ているので、雇っている日本人なんか従えて現れたら、超鼻高々である(あくまでも田舎では)。

そんな感じで、はるばる黒龍江省はハルピンまで向かうことに。

行きは新しい感じの寝台車で超満足!!

さい先良いなぁ…などと、車内販売のハルピンビールを次々とガブ飲み。

どれだけ飲んだか記憶は定かでは無いが、ハルピン駅に着いた時には、二日酔いでグダクダ。

お迎えの車が到着し、まずは朝食。
食べたら、確実にリバースすると判断した私は、食事の席で終始腕組みをしたまま、うつむき加減で目を閉じるばかり。

理事長にしてみれば、あちらの学校の先生との朝食会の場で、自慢するはずのネタである日本人が、愛想のひとつも見せずにダンマリを決め込む始末で、うろたえたであろう。

しかし、しょうがないのである。
リバースよりもダンマリの選択は正しいはずだ。

つづく→
posted by ルーシー at 21:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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